2012年4月23日月曜日

疲労 (材料) - Wikipedia


疲労(ひろう、英: Fatigue)は、物体が力学的応力を継続的に、あるいは繰り返し受けた場合にその物体の機械材料としての強度が低下する現象。金属で発生するものは金属疲労として一般に知られているが、金属だけではなく樹脂やガラス、セラミックスでも起こり得る。また、力学的応力だけではなく電圧や温度の継続的または繰り返し負荷によって絶縁耐力や耐熱性が低下する現象を指すこともあるが一般的ではない。こちらはむしろ経年劣化と呼ぶ。

目次

  • 1 現象および機構
  • 2 S-N曲線
  • 3 歴史
  • 4 予防策
  • 5 材料の疲労が関与した大事故
  • 6 関連項目
  • 7 脚注
  • 8 外部リンク

[編集] 現象および機構

物体はその機械的強度より小さい力学的応力を一時的に受けても破壊されることはなく、弾性範囲内であれば応力を取り除くことにより元の状態に復元する。しかしながら、巨視的には弾性範囲内の小さい応力であっても、原子論レベルの微視的状態においては、ごく一部の原子がもとあった場所に戻らない非弾性的振る舞いを(特に表面近傍部で)起こし、それが蓄積されることによって強度が劣化する。繰り返し応力を受ける場合、破壊された断面を観察すると縞状の模様が観察されることが面心立方金属(Al、Cu、オーステナイト鋼)に多く見られ、その襞の一つが一振幅の負荷に相当しストライエーション(英語:striation)と呼ばれる。


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疲労による機械的強度の低下は多くの場合、始めに物体に微小な割れ目(クラック)が発生し、繰り返し応力を受けることによって割れ目が次第に大きくなる機構による。物体に応力が加えられると弾性範囲内であっても拡散現象などによってわずかな物質の移動が発生して応力を緩和しようとする。物質の移動によって微小な割れ目が発生すると、その割れ目の先端において応力が大きくなり、割れ目が進行するようになる。物体を構成する物質の一部が、応力を受けて弾性率や強度の小さい別の物質に変化する場合にも同様の現象が起こる。

材料が疲労によって破断するまでの応力サイクル数を記述する方法について以下に示す。応力が小さい場合には次のバスキンの法則が用いられる。

ΔσNa=C1
Δσ: 応力の振幅
N: 破断に至るまでのサイクル数
a: おおむね0.05から0.1の間の定数
C1: 定数

応力が大きい場合には次のコフィン=マンソンの法則が用いられる。

ΔεNb=C2
Δε: 変形の振幅
N: 破断に至るまでのサイクル数
b: おおむね0.4から0.7の間の定数
C2: 定数

破断する確率を統計的に取り扱う場合にはワイブル分布が用いられる。

アルミニウムのS-N曲線

材料がどれくらいの繰り返し応力に耐えられるか、どれくらいの回数を与えるとどれくらいの応力で破断するのかをあらわすためにはS-N曲線(S-N curve)が広く使われている。S-N曲線はまた、世界で最初にS-N曲線を見つけ出したドイツの技術者アウグスト・ヴェーラーの名前から、ヴェーラー曲線(Wöhler curve)」と呼ばれることもある

S-N曲線は縦軸に応力振幅(Stress amplitude)、横軸に繰り返し回数(N)の対数でとったグラフである。 S-N曲線を求めるためには、疲労試験装置に試験片を取り付け、破断するまで繰り返し応力を加えて求められる。


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鉄鋼系材料であれば、106から107回ほど繰り返したところで、S-N曲線がほぼ横ばいになり、それ以下の応力では何度回数を繰り返しても破断しない応力振幅の限界点が存在する。この時の応力振幅を疲労限度と呼び、長期間振動に晒されるものの材料を決定する際の目安になる[1]

しかし、アルミニウムや黄銅、あるいはプラスチックなどは、鉄鋼系材料のような明確な疲労限度を持たず、繰り返し回数を多くするほど破断応力は低下する。このような材料はおおむね107回の時の応力振幅を疲労限度としている。

ただしS-N曲線であらわされる耐久性は、装置上で試験片に、ごく単純な正弦波状の繰り返し応力を加え続けたものであり、材料の形状や温度変化、腐食など性質の変化、時間的に非連続的な応力がかかることなどは考慮されていない。そのため実際に材料が使われている状況とは違うことを考慮することが必要である[2]。このような不規則に変動する荷重を評価する方法として、レインフロー法(雨だれ法:w:rainflow-counting algorithm)などのアルゴリズムが提案されている[3]

材料の疲労現象は古くから一部の技術者の間で経験的に知られていたが、19世紀中頃、当時普及しつつあった蒸気機関車のクランクや車軸が突然破損する事故が多発して以降、機械設計技術者に共通の問題としてとらえられるようになり、19世紀後半から20世紀前半にかけて理論と試験方法が整備された。

材料に対する「疲労」という用語を最初に用いたのはフランスのジーン・ポンスレーである。ジーンは1825年頃からメスの兵学校で、材料の疲労についての講義をしていたといわれる[4]

文献記述としては1837年、ドイツのウィルヘルム・アルバートが、鉱山の鉄製チェーンの疲労に関する実験結果を報告したものが最初である。

1853年にはフランスのA.モランが郵便馬車の車軸について、走行距離が7万kmを越えると破壊が始まることから、6万kmを走行した時点で点検・交換することを指示した記録が残されている。これが疲労破壊に対する予防保全の最初の例である。


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1856年から1869年にかけて、ドイツの技術者であったアウグスト・ヴェーラー(August Wöhler)は、自ら回転曲げ疲労試験機を作り出し、鉄道用車輪を使って疲労実験を繰り返し、疲労を科学的に分析した。その結果S-N曲線を実験的に見つけ出した。

1870年、ヴェーラーは、車輪に106回程度振動を繰り返した後は、どれだけ回数を繰り返しても耐久応力が下がらず、永久に耐え続けられるある一定の応力があることを発表した。このことをヴェーラー自身は持久限界(Endurance limit)と呼んでいたが、後に耐久限界と呼ばれるものと全く同じである。

材料力学を用いてあらかじめ余裕を持った設計にすることで疲労による破壊をある程度防ぐことができるが、用途によっては重量やコスト、安全性などの制約から十分な余裕を持てない場合もある(例えば自動車や航空機、原子炉など)。このような場合には、応力を受ける部材を定期的に交換するか、あるいは定期的な検査において部材の微小な割れ目を検出して破壊に至る前に使用を中止し、新しい部材に交換する手法を用いる。割れ目の検出は超音波検査や浸透探傷検査、X線写真などの非破壊検査を用い、検出限界と設計の余裕から検査の頻度を規定することができる。

但し、疲労は状況によって進行速度の変動する幅が大きいため、事前の試験方法を誤ったり、使用基準を守らなかったり、修理や改造などによって初期の設計から外れたりすると、予想より早く破断に至り事故につながることがある。


[編集] 材料の疲労が関与した大事故

  • 1842年: ヴェルサイユ列車事故(車軸の破損)
  • 1954年: DH106 コメット墜落事故(胴体の破損)
機体設計時に疲労試験を行っていたが、強度試験をした機体で疲労試験も行ってしまったため応力集中部が塑性硬化を起こし、疲労強度が大きくなり、実際の使用条件に対して寿命を1桁大きく見積もってしまった。コメット連続墜落事故も参照。
  • 1980年: 北海油田の石油プラットフォーム「アレクサンダーキーランド」の転覆事故(構造体溶接部の破損)
溶接部の疲労試験も点検も行っていなかった。
  • 1985年: 日本航空123便墜落事故(圧力隔壁の破損)
  • 1989年: ユナイテッド航空232便不時着事故(エンジンファンの破損)
部品を製造した直後から割れが進行していたにもかかわらず検査によって検出できなかった。
  • 1992年: エルアル航空貨物機墜落事故(エンジン接続ピンの破損)
  • 1994年: 韓国聖水大橋崩落事故(鋼材接続ピンおよび溶接部の破損)
検査によって溶接不良を確認していたにもかかわらず放置され、交通量の増大によって急激に疲労が進んでしまった。
  • 1998年: ドイツ高速列車ICEのエシェデ列車事故(車輪外輪部の破損)
点検において検査基準値を越えた車輪の変形が検出されたにもかかわらず現場の判断によって問題なしと判定してしまった。
  • 2002年: チャイナエアライン611便空中分解事故(機体スキンの破損)
  • 2007年 : エキスポランド ジェットコースター横転事故(車軸の破損)

[編集] AE">関連項目

  • 金属疲労
  • クリープ
  1. ^ 対象となる部材の表面処理や傷・切欠き等の有無、温度環境、繰り返し応力の加わり方などによって疲労限度は大きく異なるため、S-N曲線によって得られる実験値をそのまま設計に適用することはまずあり得ない。
  2. ^ 曽山義朗・渡部正気・古市博 『金属疲労の盲点』 株式会社アイピーシー 1998年1月20日
  3. ^ 遠藤達雄・松石正典・光永公一・小林角市 『「Rain Flow Method」の提案とその応用』 九州工業大学研究報告 1974年
  4. ^ 佐藤建吉 『金属疲労基礎のきそ』 日刊工業新聞社 2008年7月30日

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